インドネシア人の英語
インドネシア人の英語と言っても、観光地で客引きの少年が「シルフェル、シルフェル」言うてるやつではありません。(ちなみに、silverをインドネシア語読みするとシルフェルになる。)修士号を持っているくらいの人が「書く」英語のはなしです。
旧Omong Kosong に書いたと朧げに記憶していますが、兎も角書けない。というか物凄い英語を書いてくる。(ちなみに、スペルミスも大杉。なんでスペルチェックせぇへんのやろうか?)細かい文法的ミスで多いのは、
- 時制
- 名詞の単数・複数の使い分け
- 冠詞
すべてインドネシア語の影響ですね。インドネシア語の動詞には時制がありません。時制を明確にしたいときは、副詞相当の単語で示します。これができない。名詞の複数形は、まぁインドネシア語では畳語を使いますが、これも結構いい加減です。つられて英語でもいい加減。
文型も、ところどころで崩壊します。多分、インドネシア語で書かせても崩壊しているのでしょうが、構造がテケトーで許されるインドネシア語では目立ちません。でも英語になるとやけに目に付きます。
そして究極は…、抽象的というか曖昧な表現が多くて何を言いたいのか分からない。これデフォ。もう、どうしようもない。手のつけようがないし、目もあてられない。
そんなもんなんですかねぇ。インドネシアの英字紙の社説とかでも、文法的に間違いはないし、一文一文の意味は分かるのだけれども何を言いたいのかサッパリ分からないものがあるのは何故だろうと、もうすぐ帰国のY氏と話したりしました。結局、言語という唯一他の記号体系のメタレベルに立ちうる記号体系が、エエカゲンだと、どうしても思考自体が構造化されないのだと考えています。そのような社説を書く人は、インドネシア語で思考して、英語を書いているのでしょう。
関係ないけど、インドネシア人がオージー訛の英語をしゃべっていたりすると、なんか笑っちゃうのは僕だけでしょうか?オーカイ、とか言われると、(゜д゜)ポカーンとなっちゃいます。やっぱり、あい・かーんと・あんだーすたん、とか返すべきでしょうか?我ながら嫌な人ですね。