電子辞書

ふと、こんな記事に出会った。「自分の手で辞書をめくり、調べなければ身に付かない。調べること自体に意味がある」(長野高)というコメントはやや頓珍漢だと思った。単語なんてどれだけの量触れているかだ。だからひたすら書くとかしたし。書かなくても死ぬほど目にして(読んで)いれば覚えるでしょう。(高校生にそれを求めるのはどうかと思うけど。)「辞書を引くときには、1つの言葉を調べながら他の言葉も自然に目にすることができ、学習に役立つ」(松本深志高)は、僕の感覚にやや近いか。要するに辞書というのは「引く」ものである以外に「読む」ものでもあるのだnな。周辺の単語を見るということもあるが、それ以上に、その語なり句の意味を一通り読まないと、その単語の意味はつかめなかろう。(もちろん、それだけでも無理という話は措いておいて。)

辞書に限らず、電子化された文章は読みにくい。だから、中高生なんて絶対読まない。電子辞書の「次ページ」ボタンなんてまず押さない。(塾講やってた経験からそうなのだ。)てか紙の辞書でも読まないからなぁ。紙の辞書でも「1」の意味しか見ない学生なんてざらにいるしなぁ。外国語と日本語の意味が一対一対応みたいな。そうなるともうどっちでも良いということになるんだよな。

ということで、全国の中学校(ん、最近は小学校でも英語やるのか)の先生はソシュールを噛みしめながら読まなければならんのだな。有り得ないことだが。